2017年3月28日(火)18時00分

【追悼 谷口ジロー】日本が誇る圧倒的描画力!漫画家というアーティストが描く『神々の山嶺』で絶景を体感せよ!!

実写ドラマ化もされて大ヒットした『孤独のグルメ』をはじめ、多くのファンを魅了してきた漫画家の谷口ジロー先生が、先月の2月11日に69歳の若さでお亡くなりになりました。グランドジャンプでは、谷口先生と縁の深い小説家の夢枕獏さんが寄稿された追悼ページが掲載されています。

夢枕獏さんが寄稿された追悼ページ

追悼ページでも言及されていますが、谷口先生といえば、さまざまな漫画原作者と組んで多彩なジャンルの傑作を生み出してきた、まさに“プロフェッショナルな描き手”と呼ぶにふさわしい方でした。

その功績は国内にとどまらず、漫画を芸術作品として読む傾向が強いフランスでは、谷口先生に「芸術文化勲章シュヴァリエ」などが贈られたりもしています。偉大な漫画家の逝去に、謹んでお悔やみ申し上げます。

そして先生がすごさについては――言葉だけで説明するのは難しいですし、やはり作品を読んでもらうのが一番かなと思います。

――たとえば2016年に映画化されたこの作品。

『神々の山嶺』1巻表紙
『神々の山嶺』集英社文庫・上巻表紙

神々の山嶺』は、1994年から「小説すばる」で連載されたのち、1997年に集英社から上・下巻が刊行された夢枕獏の山岳小説。この小説を原作とした漫画が、谷口ジローの作画によって2000年から「ビジネスジャンプ」で連載され、2001年には「第5回文化庁メディア芸術祭マンガ部門・優秀賞」を受賞。小説・漫画ともに世界中で翻訳されるベストセラー作品となりました。長らく映像化が難しいといわれていましたが、2016年に映画化されています。


■あらすじ
エヴェレストに初めて登頂したのは誰か!?  1924年にエヴェレストの頂上にアタックしたまま帰らぬ人となったジョージ・マロリー(※実在の人物)。その遺品と酷似した年代物のカメラ(※フィクション)をネパールの古道具屋で入手した深町誠。だが、宿泊先のホテルから何者かによって盗まれてしまう。カメラを取り戻すためにカトマンズの街をさまよっていた深町は、そこで数々の登攀(とうはん)記録を打ち立てながら謎の失踪をとげた孤高の登山家・羽生丈二と出会い、盗まれた年代物のカメラが、羽生がエヴェレストで手に入れたのちに盗まれた故売品――すなわち本物のマロリーのカメラであると確信。カメラのフィルムと、多くを語らない羽生の半生を追いはじめる。


この作品はとにかく壮大です。

物語は、エヴェレストに“最初に登頂していた可能性がある”ジョージ・マロリーが遭難時に所有していたカメラが発見されるという、登山家たちのロマンが詰まったミステリーを軸に進んでいくのですが、主要な登場人物や出来事の多くが、実在した(そして命を落とした)登山家たちのエピソードを元に作られているので、シーンの濃度や生々しさがハンパないんですよね!

いわば、多くの登山家たちが命を散らしていった“歴史的な事実”を描いた半ドキュメンタリー作品といっても過言じゃありません。

「エヴェレスト南西壁冬季無酸素単独登頂」という未だ誰も成功していない登攀(とうはん)に挑戦する羽生丈二というキャラクターも、1980年に亡くなった森田勝さんという登山家がモデルだといわれています。

『神々の山嶺』5巻P222
『神々の山嶺』1巻P312

谷口ジローが描く「情景」

漫画連載がはじまった2000年ごろ、小説『神々の山嶺』は、日本の映像作品の“尺と予算と時間”の中でこの壮大なスケール感をどこまで描写できるのかという意味で、当時は「映像化が難しい」作品だったと周囲で言われていたのを記憶してます。

――でも、その壁をあっさりと越えていっちゃったのが漫画だったわけです。

いや、プロフェショナルな描き手が、すさまじい熱量で仕事をしたからこそ、あっさりに見えたのでしょう。

「谷口ジローの描く山の描写は圧倒的だ。高度感があって、怖い」

原作者の夢枕獏さんの言葉ですが、本作を漫画化するのであれば、描き手は谷口先生以外にないと最初から決めていたみたいです。

緻密な背景の描きこみ――圧倒的なディテールから生みだされる“量感”や“質感”、さらに物語や登場人物からにじみ出てくる“重厚感”――によって、原作が放つスケールの大きさを見事に再現している。しかも“さりげなく”ブラッシュアップさせているところがもうね、さすがなんですよ。

『神々の山嶺』5巻P188
『神々の山嶺』4巻P18
『神々の山嶺』5巻P296
『神々の山嶺』3巻P06

この絶景をS-MANGA.netで試し読み!

どうですか? 凄まじいすよね…この描画力。絶妙なトーンワークによって、山の景観はもちろん、雲や風や冷気の流れまでもが鮮明に描かれています。

VFXなどのデジタル技術で、今となっては人が到達できないブラックホールの中とか多次元の世界だって映像化できるようになったわけですが、一流の描画技術を持った漫画家は、資料とイメージだけでずっと前からその手の視覚表現にチャレンジしていたわけで、あらためて漫画のすごさというか、人の手のすごさわかるのが、この『神々の山嶺』という作品なんです。

谷口ジローが描く「心理」と「体感」

作中で描かれているヒマラヤ山脈の標高8000mを越えた世界は「デスゾーン」と呼ばれ、気温は平均マイナス35度、空気は平地の1/3という過酷な環境です。普通の人間が高度順化もせずに放り出されたら、数秒で気絶して5分以内で死ぬといわれています。

装備やルートが未発達の時代に、あえて過酷な登攀に挑戦していった作中の登山家たち。その熱情はひとえに「人間が達成できることなのかを知りたい」という点に集約されていた気がします。

誰も登頂してない山は、そもそも人間が進めるルートがあるかすらわからない。だからこそ行く意味があるし、初登頂がとくに重要視されてたわけです。

雪崩にしたって、落石にしたって、さけようのないルートをあえて進んでいくわけだから――そりゃ、山頂までたどり着いた人たちが、「神々に愛された」と表現されても至極当然に思えますよね。

登山家たちがそんな覚悟をもって切り開いていった“神々の住む山嶺”こそが、この作品のメインテーマであり、単なる大自然の描写ではすまされない、スケールの大きさだったりもします。

『神々の山嶺』2巻P78
『神々の山嶺』4巻P220

ちなみにジョージ・マロリーの遺体は、遭難から75年後の1999年にエヴェレストの標高8160mの地点で発見されていて、(遺体は腐らず、肌は色素が抜けて真っ白になった状態で)今でも多くの登山家たちの遺体とともにデスゾーンに残っています。

作中ではそんなエヴェレストの「アイスフォール」や「軍艦岩」といった実際の地形の描写も、さながら登攀に同行しているかのようなアングルと緻密さで描かれています。

でも、本当にすごいなと思うのは、寒さや風速といった人の体感、あるいは恐怖などの心理を、背景と一体化させて描いているところなんです。

『神々の山嶺』5巻P32
『神々の山嶺』5巻P204
『神々の山嶺』4巻P262

 

漫画『神々の山嶺』は今からさらに10年後、あるいは20年後に読んでも面白い――そう自信を持っていえる作品ですし、集英社には他にも、猟犬探しを生業とするアウトロー探偵を描いた『猟犬探偵 セント・メリーのリボン』や、谷口先生のオリジナル原作漫画『晴れゆく空』などのすばらしい作品があります。

漫画が描きだす深い“情景”を味わってみたいという方は、ぜひ読んでみてください!

猟犬探偵 1 セント・メリーのリボン

関連情報/外部リンクはこちら

©谷口ジロー/集英社