[谷川史子先生画業30周年記念レポート B面]遅い方の友人・総出演!?『谷川史子 告白物語おおむね全部』の舞台裏
31年目のはじめての単行本となる『はじめてのひと』2巻と同時に発売されたのが、『谷川史子 告白物語おおむね全部』です。各コミックスの巻末に記された制作秘話的なエッセイをすべて時系列で並べ、特別な寄稿なども集めた感動作!…ではなく「こりゃひどい。(by谷川史子)」1冊になっているようです。
同じく「30周年」記念原画展が5月の連休中に行われていた際、会場には連日ファックスが届いていました。





↑こちらが後半戦のFAX。
だんだん「すすけて」いらっしゃいますよね…。そうなんです! 先生はこの時期、5月27日(土)※に発売される「ココハナ」の作業をされており、在廊できなかったそうなのです。

(※注…ココハナは毎月28日発売ですが、7月号は5月27日(土)発売。デジタル版は6月1日(金)配信開始となります)
谷川先生の作品は「すてきなおとなのひとになるための何か」が描かれているのですが、『告白物語』は「まっとうな社会人って一体…!?」というような、これまた「おとな」になると胸が痛くなる(別の意味で)お話ばかり…。そして…その端的に言えば「いつも締切ギリギリでいらっしゃる」のに、無茶してこちらの本を制作することが決まった経緯などを、谷川先生ご自身と、担当のK方さんにお聞きいたしました。
「告白物語」はマイルド版!? 真の修羅場とはいったい…
―さて、みっちり詰まったこの『告白物語おおむね全部』ですが、校了おめでとうございます! 間に合ってよかったです。そもそもこれを「出そう」と思ったキッカケは何だったんでしょうか?
谷川:告白物語を、本編以上に楽しみにしていて、本編より前にこちらを読むと仰る方も結構いらっしゃいまして…前々から「1冊で読めたらいいのに」と色々な方に言っていただくことが多かったんです。ちょうど30周年ということもあったんで、こんな機会じゃないと無理だろうと思って、打ち合わせ中にさらっと軽く「まとまったらいいなぁ…」とポロッと言ってみたんです。そうしたら、K方さんが「じゃ、出しますか!」と言ってくださって…。
K方:「出しますか?」ってお聞きした形でした。先生が嫌なら出せないので…。
谷川:…嫌なわけないじゃないですか! ってお答えしたら、じゃ、「出しますか」と。こういう企画本ってなかなか出すのが難しいのかと思っていたんで、ビックリしました。
K方:先生がやる気がおありなら、…まああとは、自分が実現に向けてがんばればいいだけですからね。
――さすが作中でも熊殺しの異名を取るK方さん。男前です! コンビを組まれた期間も、歴代担当の中で一番長いとお聞きしていますが…。
K方:間が空いている部分もありますが、トータルして12年以上でしょうか…。
――最初に担当される際は、なにかこう…先輩から引継ぎとかあるんですか?
K方:そうですね、元々りぼん読者でしたから、リアルな世代で連載も読んでいて、当然『告白物語』も読んでいたんですよ。で、先輩からは…その……「がんばれっ!」と。
谷川:あー。まんべんなくどの編集さんにもあの…その…ご迷惑をおかけしてきたので…。
K方:でも、最初にお会いした時は、まるで作品の中から飛び出してきたような感じで…余裕をもって朝起きて、朝ご飯を食べて、ゆったりお仕事して…たまーにその、お酒を飲みすぎてしまうこともあるけども…というイメージだったんです。
谷川:………そんなこと1ミリも描いてないじゃないですか…!
K方:…『告白物語』も、言ってしまえば「作品」というか、演出というか…盛ってらっしゃるのかなと思ったんですけど。
谷川:…盛ってないんです!! 仕事のところは特に!!
K方:むしろちょっと少なく描いているのだなと。
谷川:マ、マイルドになっているんです!…すいません…お仕事でリアルにみなさまに迷惑をかけている話って脳がブレーキを掛けるんです…「本当のことを描きすぎたらいけない! これは危険!!」って…脳の奥がしびれてくるって言うんでしょうか…こりゃひどい…な…って。
――では、ちょっとお聞きするのも怖いんですが「マイルドじゃない方」のエピソードで印象的なものを教えていただけましたらば…
K方:そうですね、記憶に残ってるのは、あの、「Room201」のラスト。
谷川:最終回…。
K方:もう印刷会社の方に「あと24時間で勘弁してください!!」って謝られる位になってた時、谷川さんの手元に24枚あったんですよね…。
谷川:あ…そうですね。24時間だと1時間1枚ペース…。
K方:そのうえ「まだ20枚近くが真っ白くて…」ってお聞きした時に
「なるほど」って思いました。
谷川:「なるほど」ってすごいですね…
K方:「なるほど」ってお伝えしたら、谷川さんは「頑張ります」とおっしゃったんです。…多分、私の「なるほど」で何かを感じられたんだと思うんですけど(笑)――本当に、ちゃんと、24時間で仕上げてくださったんですよ!
谷川:「困ります」とかじゃないんですよね(汗)
K方:そうですね。もう、何をどう手を尽くしたって、これ以上時間を先生に差しあげられないし。かと言って、谷川さんだってすごいギリギリのところでやってらっしゃるのも解っているので。「枠…枠だけでも…枠線だけでも、ください!」って、微々たる感じですがお手伝いもして。さらに谷川さんのいらっしゃる吉祥寺で2回転くらい時空が捻れたのだと思いますが…間に合ったんですよねー!!!! 最後は、万歳三唱で送り出されたのを覚えています。
谷川:……本当にひどい!!!(涙)
K方:あと別の作品の時ですが、やっぱりギリギリのタイミングでお伺いしまして「仕上がった原稿を、何枚かだけでもいいので、ください」って言いましたらば…先生が「そこにお座りください」って仰られて。そのまま、うっかり座らされてしまったんですよ。で、その時先生、私にそっと「エスパー魔美」のコミックスを手渡されたんですよね………。
谷川:…いい本だから…読んでください…って…(汗)
K方:「なるほど」って思いました。

――先生にとって、そんなK方さんを含めた編集さんは、どんな存在ですか?
谷川:深く尊敬し頼みにする、大切な方たちです。いえほんとに。どの編集さんも、本当に全力で支えてくださいました。K方さんも、いつも(原稿が…)もうありえないレベルで遅れに遅れている私のために、ほうぼうに無理を言って時間をもぎ取ってきてくださるんですが、こういう時期の彼女ならではのフレーズがありまして。
「拳で取ってきます」っていう…。
K方さんは武道をたしなんでらっしゃいまして…さすが熊殺しと言いますか…。すごいなぁ…ありがたいなあ、と。でも、私も締切間近なのに油断してボケーッとしてようものなら、隙を突かれて腹パンとかされて、気づいたらこう、机に「ポンッ」て座らせられちゃうんだろうな!!!と思って…(ガクガク)。
――な、なるほど…。
谷川:あ、あとですね、『積極』の時ですか…。

70ページくらいあって、すごい大変だったんです。ネームでものすごく悩んだんですよね…。いや、悩まなかったネームはないんですけど、この時はラストも結構二転三転して…。それでもどうにか作画に入れて、修羅場も進み、あれ最終日ですかね。
K方:………最終日だと思います。
谷川:当時、私の仕事部屋の自分の机の脇のスペースがものすごく狭くて…編集さんのいるスペースがなかったんですが、K方さんは机の横にずーっと体育座りをされてたんですよ。こう膝を抱えて、ずっと待ってらっしゃるんです。

ゴールは見えてきたものの…私がもう…眠くて眠くて、ペン入れしている最中にヒロインの顔に落書きするような感じになってきたんで…「危ない! これは能率的にもかなりよろしくない」と思って…横に座っているK方さんに「本当に申し訳ありません、30分…いえ15分だけでも寝かしてもらえませんか?」って言ったら、「ハッ」て顔をあげられて…
「…可哀想ですけれど、ダメです…!!」って。
…それで、ちょっと目が覚めましたね。“ああ、もう本当に締切の限界なんだ、終わらせよう、とにかく、終わらせよう!”みたいな。本当によく覚えていて、これお話しすると、皆さん爆笑されます。笑ってもらえると少しだけ救われるというか…(笑)

K方:本当に可哀想だなって思ったんですけど、15分寝たら、ちょっと。
谷川:やばかったんですよね! そういうレベルだったんですよ…。
K方:でもこれもきちんと仕上げてくださって…。
谷川:お陰様で…
K方:本当に…74ページ。
谷川:『積極』が好きだって言ってくださる読者の方も多いんですよね。ネーム中も、体育座りして待っていただきながら…こう、色々相談に乗っていただいたので、それもあって…よかったなって…ありがたいなって思いました。
K方:「らくだが…らくだが…」って仰ってましたね。

谷川:そうそう、私、当時パソコン持っていなくて。らくだが描きたかったけれど資料がなくて、急いでK方さんに資料集めていただいたり…。本当に…皆様に支えていただいての30周年です。ありがとうございました。

――そうやって、数々の修羅場をくぐりぬけたおふたり。

現在「ココハナ」にて好評連載中『はじめてのひと』ですが、コミックス1巻の『告白物語』には、ヌードシーンの背中の資料がなくて困る谷川先生に、担当K方さんが文字通り「ひとはだ脱いて差しあげる」エピソードが掲載されています。シンク編集スタッフが「あのシーン同様、実際のお背中の写真撮らせてもらっていいですか?」とお聞きすると「いいですよ。…あ、ぬぎますか」と仰られました…。

…色々まずいので脱いでいないバージョンのお背中がこちら。
普段は黒子に徹している編集さんと作家さんの信頼関係が、数々の名作を生んできているのだなあ…としみじみと感じ、さらに何故かほっこりと心が温まりました…
他人の失敗談って…いいですよね!(台なし)
そんな「こりゃひどい」がたっぷり詰まったこちらの『告白物語おおむね全部』
ひと肌もふた肌も脱いだ『はじめてのひと』2巻とともに、おススメです。
文章/編集スタッフM