2017年9月5日(火)17時30分

【レジェンド作レビュー】夏の終わりの空に吉野朔実先生を想う ~「ぶ~け」時代の名作『月下の一群』・『少年は荒野をめざす』~

吉野朔実先生の名作『少年は荒野をめざす』の1シーン

――マンガの見開きです。吉野朔実先生の名作『少年は荒野をめざす』の1シーンです。
まるで1枚の絵画のようですよね。(うっとり。)…ということで、デジタル化された名作コミックの紹介をするこのコーナー。今回は、吉野朔実先生をピックアップいたします。

吉野朔実先生は、月刊「ぶ~け」1980年1月号『ウツよりソウがよろしいの!』でデビュー。

月刊「ぶ~け」1980年1月号『ウツよりソウがよろしいの!』でデビュー
月刊「ぶ~け」1980年1月号『ウツよりソウがよろしいの!』でデビュー

「ぶ~け」独自のまんが家養成コースにて1979年12月号で特別クラス入りした翌月、いきなりデビューを飾りました。(ちなみに、吉野先生がデビューした号に「次回から賞金が50万円に」というニュースが入っており、若干残念なタイミングだったとも言えますが…)

月刊「ぶ~け」1980年1月号『ウツよりソウがよろしいの!』でデビュー

デビュー以降「ぶ~け」誌上に短編・長編を含めた数々の名作を残した吉野先生。作品もさることながら、表紙を彩るイラストの美しさが際立っていました。

「ぶ~け」誌上に短編・長編を含めた数々の名作を残した吉野先生

「ぶ~け」は、名作の総集編が掲載されていてページ数も厚く、いわゆる「まんが読み」に愛された少女まんが誌。吉野先生は生粋の「ぶ~け」作家のひとりであり、なかでも『月下の一群』と『少年は荒野をめざす』は、80年代ニューウエーブの一翼を担う文学的少女まんが作品です。

●作品no.1「月下の一群」(1)~(3)

連載時は『月下の一群』『月下の一群part2』として2作品に分かれていましたが、デジタル版では1シリーズにまとめられています。
「ぶ~けコミックス」伝統・緑×白の格子模様カバーver.作品情報はこちら

連載開始は「ぶ~け」1982年3月号。現在読める吉野朔実作品の長編の中で最も初期の作品。R大椿町校舎を舞台に、世間知らずの鞠花が成長していく姿を描きます。

「月下の一群」(1)~(3)
 すでに在学しているにも関わらず、合格発表時に落ちた受験生と間違えられる鞠花

すでに在学しているにも関わらず、合格発表時に落ちた受験生と間違えられる鞠花は、大学生にしてはおっとりした女の子。2つ年下の弟・慈雨(じう)が同じ大学に進学し、寮に入ることで「離れ離れ」になるのが寂しく、たいくつなままに新学期を迎えます。

たいくつなままに新学期を迎えます。

そんな日常に変化を与えたのが、アラビア語のクラスが同じ桐子さん。

アラビア語のクラスが同じ桐子さん

と、桐子さんの高校時代の元カレ・検見川政親(2つ年下)。

桐子さんの高校時代の元カレ・検見川政親

そして、アラビア語の教師・坂本

アラビア語の教師・坂本

強烈な個性と出会い、急激に世界が広がっていった鞠花の名言がこちら。

鞠花の名言

「自分以外の人にも 生活や性格があるのだというのを……実感してます」

そうですね。当たり前ですが……とても大切なことです。こうして自分と他者との関係を意識しだした鞠花は、生まれたての赤ん坊のような視線で飽くことなく世界をみつめます。

生まれたての赤ん坊のような視線で飽くことなく世界をみつめます

そして、何もかもが「正反対」の政親に惹かれていきます。

「正反対」の政親に惹かれていきます

『月下の一群』は、鞠花の中に咲く「恋」という花の物語です。
鞠花は自分の弱さを自覚していますが、「恋」が持つ独善の毒も本能的に察知していました。

『月下の一群』は、鞠花の中に咲く「恋」という花の物語

だからこそ、風の中でただ世界を見つめています。しかしその弱さが、強気を糧に生きていく人に傷をつけることもあります。

風の中でただ世界を見つめています

政親に恋するもうひとりの人物・主子の強烈な独占欲に触れ恋の苦さを思い知る鞠花は…。

政親に恋するもうひとりの人物・主子の強烈な独占欲に触れ恋の苦さを思い知る鞠花

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●作品no.2「少年は荒野をめざす」(1)~(6)

連載開始は「ぶ~け」1985年9月号。吉野作品の世界観を決定づけた一作。
作品情報はこちら

「少年は荒野をめざす」

小説を書き、いつも不思議な雰囲気を漂わせる狩野は周囲から浮いてはいるものの、管埜と小林と3人で学校生活を楽しんでいた。しかし時は受験シーズン。否応なしに現実を突きつけられる日々の中、「過去に忘れてきた少年」と出会う――

「過去に忘れてきた少年」と出会う
「過去に忘れてきた少年」と出会う

幼いころに死別した兄との関係が狩野に落とした深い闇――。『少年は荒野をめざす』は、精神世界を深く写し取り、まんが表現独特の白と黒の描写の中には「死の香り」と「夏の香り」が漂っていました。

幼いころに死別した兄との関係が狩野に落とした深い闇―

ただその「死の香り」は、ファッション的な、刹那的なものではありませんでした。思春期に訪れる、自己と社会との乖離……「自分とは?」「生きるとは?」「表現するとは??」――というアイデンティティの問題とがっぷり組もうとするがゆえに、無限に広がる死の荒野が「見えてしまう」。

無限に広がる死の荒野が「見えてしまう」。
無限に広がる死の荒野が「見えてしまう」。

それでも、その荒野から逃げずに折り合いをつけていく“強さ”が描かれていました。

2016年4月20日、吉野先生は急逝されました。久方ぶりの少女まんが誌に掲載された『いつか緑の花束に』(「月刊フラワーズ」2016年6月号:小学館)を手に呆然とした長年の愛読者は多かったと思います。

死の闇をポケットに忍ばせながら、懸命に、まっすぐに世界を見据える作品の数々。
……だからこそ、志半ばで急逝されたであろう先生への哀悼の思いは募ります。
夏草の香りに秋の気配が混ざりこむこんな季節は、先生がのこした綺羅星のような作品を読むのにぴったりです。先生が描く、深く広く濃い夜の闇には必ず、きらめく無数の星々が煌いていましたから。

死の闇をポケットに忍ばせながら、懸命に、まっすぐに世界を見据える作品の数々
死の闇をポケットに忍ばせながら、懸命に、まっすぐに世界を見据える作品の数々

 

死の闇をポケットに忍ばせながら、懸命に、まっすぐに世界を見据える作品の数々

文/編集スタッフM

 

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ぶ~けの名作・吉野朔実先生『月下の一群』『少年は荒野をめざす』レビュー